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あさっては9:10から

2013年 08月31日 18:47 (土)

今日は、神保町のカフェ&レストランで昼食。
オムカレーというのを食しました。
ここ、Dirty Duck Revolutionのギタリストさんが勤めているお店。
とてもいい感じです。
Dirty Duck Revolution(DDR)は、こないだまで私が執筆していた「ヒストリー」の
最初のほうに頻繁に出てくるバンドです。
結成当初のハリーは、ひたすらDDRの後をくっついていった感があります。
現在は活動していないらしいんですが・・・

バンドが続いていくのは大変なものです。

あさってのラママの出演時刻が決まりました。
我々は9時10分から出ます。
お時間がありましたら、是非遊びにいらしてください。
明日は川口に行きます。


ロドリゲス
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新シリーズ

2013年 08月30日 16:17 (金)

「結成秘話」「ヒストリー」も終わり、新たなシリーズものを考えているんですが・・・
よくある「私にとっての大事な10曲」みたいなやつでもいいかな。
マンガを連載するのも良いですね。
「浮気調査官ハリー」みたいな。

そういえば、わたしのことをハリーと呼ぶ人が結構いて、どうしたものですかね。
ロドリゲスっていう名前はなかなか定着しづらいな。
こないだは「ダーティーハリー」と呼ばれました。
もう何でもいいです。

明日は久々にろど散歩をしたいところです。


ロドリゲス

顔本のはなし

2013年 08月29日 18:04 (木)

このホームページのBBSが写真集と化しつつあります・・・
気が向いたら何かつぶやいていただけたら幸いです。
「暑い」とか「疲れた」とか、誹謗中傷以外であれば何でもいいので。

考えてみたらあと数日後が渋谷ラママです。
今回はハンドカメラで動画を撮影するらしく、出来が良ければ動画サイトにUP等も夢ではありません。

あんまりアップで撮影されないことを望みます。
2メートルくらいの距離で撮っていただけることを期待します。

昨夜はフェイスブックでまた新たに同級生とチャットをしました。
フェイスブック=実名の原則を知らずにロドリゲスはSoutheast HarryというHNで登録しました。
「極東のハリー」の訳のつもりだったのに、これじゃ「東南のハリー」であることに
アホなロドリゲスはつい最近になって気づきました。

しかもライブ中に撮ってもらった顔写真を使っているので、同級生にはだいぶ訝しがられている気もします。
まあSNSなんて所詮遊び道具なんで、ハマらない程度に。
ということで、多分これから個人稽古にいきます。


ロドリゲス

広く浅く

2013年 08月28日 12:09 (水)

昨日は来週のラママに備えて全員リハーサルでした。
曲順が、また前回と変わります。
やったことないパターンかもしれん。

私が最近youtubeで聴くヘビーローテーションは
リチャード・マークス、BECK、ポリス、デビー・ギブソン
オリビア・ニュートンジョン、スティービー・ワンダー

こんなところです。
来日が近いポール・マッカートニーの昔のアルバムも聴けます。
昨日はヒューマン・リーグを聴きました。
ZZトップとかボズ・スキャッグスもよく聴きます。
共通しているのは、全てベスト盤です。。。

日本のアーティストもフルアルバムで聴けるといいのに。
極東のハリーもyoutubeでフルアルバム聴けるようになったらクールだね。


ロドリゲス

ヒストリー完結編

2013年 08月27日 10:39 (火)

ヒストリー読んで下さってありがとうございます。
架空のストーリーを作って無理やり引っ張ろうと一瞬画策しましたがやめます。



Gorgeous Bathroom Junpei (GBJ)とかねてから親交の深かったRayも快諾し、
かくして極東のハリーは再び3人体制になった。
CD制作のプランも中断し、スタジオでリハーサルを始めた。
GBJは最初のリハーサルで、極東のハリーのほぼ全曲を叩いてみせた。
とんだ大型補強である。

2012年秋、四谷アウトブレイクでのカラス79主催「Kickout the Friday」への
緊急出演を最後に、極東のハリーはライブ活動を中断した。

その年の残りは、新メンバーとなったGorgeous Bathroom Junpeiとの
適応期間に充てられた。
まず、それまでライブで使っていたオケからドラム音を除くなどの
作業を、それぞれの曲のデータで行わなければならない。

新体制で初のライブは翌2013年1月の四谷アウトブレイクに決まった。
ロドリゲスは、2人になった時の最初のライブで着たエスニックな衣装を選んだ。
これまで経験のないやり方ということもあってか、結果的に多少課題の残るライブであったが、
翌月に行われたGBJ主催の「ジュンペイリサイタル」でのライブは、非常に満足できるものであった。
そこには、確かな手応えがあった。

そしてこの春、極東のハリーは結成から5年を迎えた。

(End)



ロドリゲス

ヒストリ-18

2013年 08月26日 14:00 (月)

次回で最終話を迎える「ヒストリー」
最終話は2時間拡大スペシャルとか、そういうのは特にありません。
淡々と終わる予定です。
ではでは・・・


2012年3月の爆発チョメチョメのイベントも終わり、
CD制作が延びたまま並行してライブもこなしていた極東のハリー。
超絶Trick Stars主催の鶯谷What’s UPのイベントにも2回出演した。
酔った女性が突然踊りながら近づき、ロドリゲスに絡んでくるハプニングも。

同年も半ばになり、新たな展開が待っていた。
四谷でのライブ後、「こんど一緒にスタジオ入ろうよ」
とロドリゲスはある人物から誘いを受けた。
彼はライブに何度か来てくれ、Rayの口からかねがねその名前を聞いていた。
ロドリゲスも面識はあり、以前からある程度その存在を知る人物であった。

その人物のライブをロドリゲスは何度か観たことがあったが、
いずれもギターを弾いて歌っていた。
したがって「ツインボーカルで何かやろうよ」
という意味だとロドリゲスは思っていた。

しかし、非常に独特なスタイルであるこの男の引き語りに
自らが入り込む余地を見出せず、ロドリゲスは躊躇していた。
そんなある時、ついに提案の真意を聞き出した。

「俺、一番まともに出来る楽器はドラムなんだよ」

そう。極東のハリーの後ろで叩くという意味であった。
全く想像すらしなかった。
ピンク色をイメージカラーとするその男

Gorgeous Bathroom Junpei


(続く)


ロドリゲス

ヒストリ-17

2013年 08月25日 17:37 (日)

現在、作詞をしています。
だいたい固まってきました。
歌詞の品位がどんどん落ちている私ですが、その傾向は続いています。
そんなわけで、残り少ない「ヒストリー」をば


2人組となった極東のハリーは、再び月1のペースでライブ活動を始めた。
Rayが出演できない日は、あの合体ライブで共演したABOの三浦氏が
ロドリゲスの傍らで弾いてくれる時もあった。

極東のハリーは2011年の秋以降、下北沢MOSAiCや新橋ZZでも
ライブを行うようになった。
明けて2012年の初頭には、とある事情で、それまで縁のなかった
「コンテスト」というものに参加した。
主催者からチケットを100枚渡され、多く集客した者勝ちという
とんだ一杯食わせ物であったが。

2011年の終わり頃から、セカンドCD制作の構想が持ち上がった。
前回のCDに収録されている「曼荼羅チャイナ」「請求書」「ビューティフル」
などに加え、それ以降にできた「アメリカ」「Number 9」「No Way Out」
さらにRayとロドリゲスの出会いの曲であり、2人体制になってから
ライブで披露する機会が増えた「Walk on the Sand」などの曲が収録予定となった。

2012年3月に、爆発チョメチョメという、当時大学生であった
3ピースバンド主催の四谷アウトブレイクでのイベントに出演が決まっていた。
このライブに、セカンドCD発表のタイミングを合わせようと計画した。

Number 9では、以前の合体バンドでも共演したABOのNoggy氏が
ベース録りに参加してくれたが、RayのPCが故障に見舞われるという
思わぬ事情からCD制作のプランは座礁に乗り上げた。

(続く)


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2nd CD用にロドリゲスが仮制作したジャケット案

ロドリゲス

ヒストリ-16

2013年 08月24日 19:43 (土)

またヒストリーに戻ります。
メンバーが2人に減ってからの初ライブのくだりですね。
おそらく、今回を含めてあと3~4回で完結する見込みです。


2011年7月の四谷アウトブレイク

ライブ当日になって、ロドリゲスはかなり多くの音楽仲間から「見に行く」と連絡を受けた。
1人少なくなってどうするんだろうという、好奇心が働いたのであろう。

復活ライブのセットリストは
①No Way Out
②Number 9
③レイザービーム
④Walk on the Sand
⑤曼荼羅チャイナ

6年ぶりに着用するエスニックな衣装に身をつつみ、
幕開けにドラムのポジションから登場したロドリゲス。
曼荼羅チャイナの前には「もてない割には面食い」というフレーズで始まる
短いセッション調のものを挟み込んだ。
とにかく、今までやっていなかった事を出来る限り全てぶちこもう
という気概であった。
ロドリゲスがMCを務めるのも、結成以来初めてであった。

ライブは非常に好評を得た。

「まだまだやっていける」
ロドリゲスは確信した。

(続く)



ロドリゲス

ヒストリー小休止・・・

2013年 08月23日 11:06 (金)

長々と続けている「ヒストリー」ですが、楽しんでいただけているでしょうか。
今日は私のしょうもない近況でお茶を濁します。

先日、広告関係の会社に勤めるロドリゲス兄から
「体を大事にしなさい」という電話がありました。

そんな私ですが、フェイスブックの出会い系サービスに登録しようか散々悩んだ挙げ句、
やめました。
出会い系はちょっとねえ・・・
私も出会い系で4人くらいの方にお会いしたことがありますが、
いずれも1度食事をしたきりでした。

そんなフェイスブックですが、高校の同級生のコミュニティに加入しました。
フェイスブックがきっかけで頻繁にプチ同窓会が行われているようで、
そこで撮影されたたくさんの写真を見ることができる。
当然みんな相応に歳をとっているんだけど、若く見えるというか、見た目が変わらないのは、
学生当時イケていた人が圧倒的に多いという残酷な事実を知らされます。

私ですか?言わなくてもわかるでしょう。


ロドリゲス

ヒストリ-15

2013年 08月22日 12:31 (木)

昨夜は四谷アウトブレイク。
思いもかけず出会った方もおり楽しい夜でした。
行くといつも誰か知り合いに会える、私にとっちゃ貴重な場所です。

ということで、まだまだ続くヒストリー・・・


極東のハリーはRayとロドリゲスの2人になってしまった。
そんな中ロドリゲスは、とある縁で新宿スモーキンブギに1人で出演し、
極東のハリーの曲も披露した。
ギタリストがいないので、完全に1人カラオケ状態である。

それを知った四谷アウトブレイクの副店長は、ソロアーティストが多数出演する日があるので
出てみないかとロドリゲスに打診した。
ソロも悪くないが、そろそろ2人の極東のハリーをやっていい時期だと考えた。
久々の新曲も出来つつあった。
こうして、新生極東のハリーの始動ライブは2011年の7月、アウトブレイクに決まった。

1曲目はもう決まっていた。中東チックな曲調の新曲「No Way Out」
3月に大震災があり、それに関連した言葉しか浮かばない状態であった。

ライブの準備は順調に進んだ。
Rayとの出会いの曲「Walk on the Sand」もセットリストに入った。
さらにロドリゲスは、ライブ中に独り芝居的なパフォーマンスを企てた。
かねてから構想していたもので、
極東のハリー以前に別の友人とやろうとして実現しなかったものである。

とにかく、新しい姿を提示したい。
その一心であった。

こうして2011年7月
因縁の地、四谷アウトブレイクで極東のハリーは復活した。

(続く)



ロドリゲス

ヒストリ-14

2013年 08月21日 18:18 (水)

今日はこれから四谷アウトブレイクに行きます。
奇しくも、いまヒストリーで書いている合体ライブで共演した元ABOのNoggyさんとDoさんのコラボを観に行きます。
雨がやんでよかった。


2011年2月
四谷アウトブレイクでの会計中に、axnが突如脱退を申し出た。
合体ライブを最後に辞めようと前々から決めていたのであろう。
理由など、細かい話は一切していない。
辞めたくなったのであれば、辞めるしかない。
それだけである。
既に結成当初のようなハネムーンのような状態ではないことは、
おそらく皆が薄々感じていた。

2月のABOとの合体ライブ後、ABOのボーカルDo氏が
「引き続き合体バンドを続けていこう」と提案してきた。
もともとは、1回きりの企画になるはずであった。
よほど楽しかったのであろう。
いや、間違いなくほぼ全員が最高に楽しい時間を過ごしたはずだ。
しかし、束の間の夢の時間を無理やり引っ張ろうとするよりも、
2人となる極東のハリーの新しい形を模索する方向に集中したい
とロドリゲスは考えた。

感情的なしこりがないわけではない。
しかし、それは時間が解決してくれるはずだ。
仮に醜い言い争いをしてしまったら、一緒にやってきた3年間が台無しになる。

周囲は、極東のハリーは存続できるのか心配したようである。
新しいメンバーを募集しようかという提案もあったが、
結成以来ステージ上では常に専門外のことを強いられ受け入れてきた感があったRayが
本業のギターに戻ることで、話はすんなり収まった。

(続く)



ロドリゲス

ヒストリ-13

2013年 08月20日 10:47 (火)

今回のヒストリーは衝撃の展開です。
へたなドラマの宣伝文句みたいですが・・・


合体バンド「極東de ABOリー」は
極東のハリーとABOのメンバー合わせて7人の大所帯である。
結局ステージ上に全員は収まりきれず、DJのRayはやむを得ず
ステージ下で演奏することになった。

ライブ本番の日は一時雪も降ったが、アウトブレイクは多くの人が詰めかけた。
極東de ABOリーは大いに盛り上がった。
1曲目の「曼荼羅チャイナ」はリハーサルの段階から曲の構成を誤ることが多く、
本番でも見事に途中で崩れたが、なんとかやり切った。
ロドリゲスとツインボーカルを務めたDo氏は、ロドリゲスとは対照的な
観客を巧みに巻き込むステージングで大いにライブの成功に貢献した。

チケットノルマも超え、気分良く会計に臨んだ極東de ABOリー。
事件はそこで起こった。
それはaxnの口からであった。

「今日をもって極東のハリーを脱退します」

アウトブレイク店長も動揺するほど、不穏な空気が流れた。

しかし、微妙なモチベーションの変化を以前から察知していたロドリゲスは
「来たか」
と心の中でつぶやいた。

この場所であえて口に出す必要があったかという疑問は残るが。
特に言い争いもなく、axnはあっさりと極東のハリーを離れていった。

(続く)
PIC_0361.jpg

(極東のハリー+ABO合体ライブの模様)


ロドリゲス

ヒストリ-12

2013年 08月19日 09:59 (月)

昨日は代々木上原をちょっと散策しました。まず死ぬまで縁がない街だと思われるが。
さて、ヒストリーも2011年の合体ライブのくだりを迎えました。
ひょっとして皆さんがあまりご存知ない名前も出てくるかもしれませんが、
いずれもハリーにとっては非常に重要な仲間、兄貴分で、現在でも共に良い関係を保っている、
ロドリゲスが敬愛してやまない方々です。


2010年も暮れに近づいた頃。
極東のハリーの3人とABOのベースNoggy氏、ギター三浦氏
あわせて5人は新宿3丁目の「花彫酒家」にいた。
中国人の店員さんが働くこの店は、極東のハリーが時折ミーティングで訪れていた。

ここで5人は、翌年2月のライブの曲目を話し合った。
極東のハリーの「請求書が止まらない」「曼荼羅チャイナ」の2曲
そしてABOの3曲をコラボすることになった。
ABO側からは「曼荼羅チャイナ」はmustという条件であった。
こうして、酒の宴は大いに盛り上がった。

ABOのドラマーが、都合で合体ライブに参加不可能になるという
事態があったが、ABOのバンマスであるベースNoggy氏の古くからの相棒、
白石KA-DOO氏の参加が決まり事無きを得た。
合体バンドのリハーサルが始まったのは2011年の1月
後で聞いた話だが、代役のドラマーとなったKA-DOO氏は
最初のリハーサルに向かう車の中で初めて曲を聴かされたという。

3回のリハーサルを経て、
極東de ABOリーは2011年2月の本番を迎えた。
場所は両者の出会いの場である四谷アウトブレイク。
両方のバンドをよく知るスタッフさんの誕生イベントに出演
という形での共演であった。

これは、いろいろな意味で極東のハリーにとって歴史的なイベントとなった。

(続く)



ロドリゲス

ヒストリ-11

2013年 08月18日 11:11 (日)

昨日は、川崎でろど散歩をしてきました。
川崎つーと川崎市体育館と川崎球場ぐらいしかイメージがなく、
そのあたりを散策して、非常にレトロな印象を受けました。

ヒストリーも10回を超えました。
書いている本人は力が入りますが、読む方は飽きてきてないでしょうか・・・?
それが心配です。 フフフ


「ボクシングの入場テーマ曲になるような曲作らないか?」
という提案からできた新曲は「Number 9」と名づけられた。
当初レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのような曲調をイメージしたロドリゲス。
結局、当初のイメージが一番いいという判断になった。
Number 9は、ロドリゲスなりのラップを表現しようとした意欲作であった。

そんな中、かなりの仰天プランが持ち上がっていた。
対バンやイベントを通して親しくなった4人編成のバンド
ABOとの合体ライブ。名付けて「極東de ABOリー」であった。

ABOとの出会いは、ロドリゲスにとって忘れられないものである。
それはこの年の2月の四谷アウトブレイク。
この日の極東のハリーは、お客さんの反応が非常に鈍かった。
本番後、かなり凹みながら楽屋で着替えていたロドリゲス。
その背後で「いや~最高だったよな」という会話を耳にした。
別のバンドのことだと思い振り返らなかったロドリゲスの肩を
後ろからポンポンと叩く人がいた。振り返ると
「すげ~良かったよ」
それは、その後に出演するABOのベーシストNoggy氏であった。
「僕達ですか?」
とロドリゲスは聞き返した。
「でも、お客さん受けてなかったですけどね・・・」
褒められるのに慣れていないロドリゲスは妙な反論をした。
「客がついて来れないだけだよ。気にするな」
と言ったのは、その隣で着替えていたABOのギタリスト三浦氏であった。

メンバーのうち血液型AB型が3人で、あと1人がO型
という理由で命名したというABOは憎らしいほどクールなバンドであった。
そのABOとの合体である。

(続く)



ロドリゲス

ヒストリ-10

2013年 08月17日 08:09 (土)

今日はこれから、ちょっと遠出のろど散歩をするかもしれません。
わかんないけど。
遠出つっても多摩川を越えるくらいですが。

さて、中断していた「極東のハリー・ヒストリー」
需要の有無に関わらず再開します・・・


2010年8月
極東のハリーとDirty Duck Revolution共催の
「第四東京市」 at 四谷アウトブレイク

前回とは打って変わり、全出演バンドはあっさり決定した。
「極東フレンドパーク」に出てくれたクウネルダサイクルとDoggy Paddle
axnとDirty Duck Revolutionの縁からDazeとZin-Sil
そして、2月の四谷アウトブレイクで対バンして以来、
極東のハリーと深い付き合いとなったABOの出演も決まった。

トリ前に登場した極東のハリー。
これだけの仲間と時間を共にできることを、素直に有難く感じるロドリゲスであった。
(このライブの模様はトップページの「ライブ動画」→
10/08/13 四谷アウトブレイク C.S.Rなどでご覧いただけます)

2010年も秋を迎えた。
極東のハリーはかなりの頻度でライブをこなしていたが、
Rayが都合で出演できず、ロドリゲスとaxnの2人だけで出演ということも多々あった。
ボイスパーカッションとのコラボも行った。

そんな中、極東のハリーは次なる新曲制作に取り掛かったが、
ロドリゲスが出してきた歌メロは2度、Rayによって却下された。
これまでは無かったことである。思わぬ難産となった。

(続く)



ロドリゲス

Live report

2013年 08月16日 13:55 (金)

初台DOORSやってきました。
お越し下さった方々、ありがとうございました。

小さなライブハウスに馴れている私としては多少引くぐらいのスペースがあるDOORSですが、
楽しんでやることができました。

オペラシティ前にあるタリーズコーヒーに寄りたい誘惑にもめげず頑張りました。

セットリストは
①曼荼羅チャイナ
②おっぱい満開全開
③請求書が止まらない
④Number 9
⑤アメリカ

Number 9はもう3年近くやっていますが、いまだにボーカルが自分のものになってない感もあります。。。
どんなふうにも演じられる曲だけに、その難しさもあるね。

130808_212526.jpg

↑写真は昨夜ではなく前回の四谷ライブです。
最近は黒パンツづいている私ですが、いずれ白の短パンも復活するでしょう。


ロドリゲス

さてさて

2013年 08月15日 14:50 (木)

初台ライブまであと数時間となりました。
今日は8:55から出演します。
初台DOORSへの行き方を、昨日の日記に書いたので、お役に立てば。

当然ながら、どのような状況になっても精一杯やります。
同所で頻繁に行われる巨乳タレントのイベントに呼んでもらい、
「おっぱい満開全開」を前座で歌わせてもらえるように・・・

あ、この曲は今日2曲目にやります。
1曲目は何かな。


ロドリゲス

初台DOORS行き方

2013年 08月14日 13:22 (水)

昨日は全員集合リハーサルでした。
暑かったですが天候が荒れなくてよかったです。

明日は8時55分から初台DOORSに出演します。
また、行き方を書きます。
新宿から京王線で初台に行かれる際は、4番線にお乗りください。
以下、初台駅を降りたところからです・・・

①初台駅北口の改札を出ます。
PIC_0306.jpg

②北口の階段を上がり地上に出たところで、後ろを振り返ると「ドトールコーヒー」が見えます。
PIC_0304.jpg

③そのドトールの何軒か先に「初台DOORS」があります。
PIC_0303.jpg


おおまかに地図で書くと、こんな感じです。
PIC_0307.jpg


・・・リハーサルは良い感じでした。
ロドリゲスの今回の衣装は、ちょっとラッパーっぽい感じかもです。


ロドリゲス

ヒストリ-9

2013年 08月13日 11:13 (火)

今夜はライブ直前8時から全員集合リハーサルです。
このヒストリーも、9回めになりました。
当然ながら、次回は10回めです。
極東のハリーも結成から2年過ぎたところまで来ました。では続きを。


2010年5月に決まった極東フレンドパークの宣伝も兼ね、極東のハリーは
アウトブレイクが毎月発行するフリーペーパーで扱われることになる。
かなり長文のインタビューが掲載された。
見出しは

「謎の中毒性とクネクネしたダンスグルーブ、
四谷のマイケル!?いや、高田純次!!??マイペース全開の異色グループに
直撃インタビュー!!」

5月のイベントに向け、自分たちの他に出演バンドを
2~3組ブッキングしなければならなかった極東のハリーだが、
これが難航を極めた。
まず、あてにしていたDirty Duck Revolutionが、
日程の都合がつかないことが判明。
ロドリゲスも友人のバンドを手当たり次第あたったが全滅。
「まだまだこういう企画は時期尚早だったか」

ロドリゲスはアウトブレイク副店長に状況を正直に伝え、
イベントの中止を示唆した。
無理ならば早めに言った方が迷惑をかけないと思ったからである。
そんな中、2月の四谷アウトブレイクでのライブで知り合った
クウネルダサイクルが、初対面にも関わらず参加を快諾してくれた。
axnの人脈からThe Doggy Paddleも出演が決まった。

こうして「極東フレンドパーク」は無事に開催された。
トリに登場した極東のハリーは、お約束でアンコールを受けた。
お約束だとわかっていても、嬉しいものである。

その興奮も冷め止まぬ8月に、また四谷でイベントが決定した。
Dirty Duck Revolutionと共催という形だ。
タイトルは「第四東京市」

(続く)


アウトブレイク紙掲載用
(四谷アウトブレイク、マンスリーペーパーに掲載された極東のハリーの写真)

極東のハリー・ヒストリ-8

2013年 08月12日 11:53 (月)

昨日の夕立&雷はビックリしました。
ロドリゲスは西永福でお茶していました。本当は井の頭公園駅前のカフェで昼食&お茶する予定だったんですが、
変更せざるを得ませんでした。

雷も相当厄介ですが、地震の恐怖を知ってしまうとオオゴトに思えません。
てなわけで、しつこく続く「ヒストリー」です。


2010年を迎えた。
この頃からRayはPCではなくDJ機材をライブに導入した。
そして、やったことがないはずのスクラッチなどを披露するようになる。
全体的に見た目もより、「DJ+ボーカル+ギター」という
当初の狙いに近くなっていった。

ロドリゲスはRayにある課題を投げかけた。
「クラブから曲の発注が来たという想定で曲を作ってみて」
DJが映えるダンサブルな曲が欲しかったのである。

Rayが仕上げてきたオケは2曲分であった。
別の曲を続けて2部構成のようにするという提案である。
1曲目は「アメリカ」
もう1曲は「Marry Harry」
として歌とギターが吹き込まれた。

2010年の年頭から四谷アウトブレイクに頻繁に出演し始めた
極東のハリーは、副店長からある企画を持ちかけられた。
「ライブハウスとバンドの共同企画」である。
その日の出演者の半分をライブハウスが、
あとの半分を共催バンドが探してブッキングするというものである。
盟友のDirty Duck Revolutionは出てくれるだろうという計算もあり、
あっさりこれを引き受けた極東のハリー。

「イベントの題名は何にしますか?」
と聞かれ、axnが渾身のネーミングを提示した。

「極東フレンドパーク」

開催は5月7日に決定した。

(続く)



ロドリゲス

極東のハリー・ヒストリ-7

2013年 08月11日 17:16 (日)

まるで直木賞を狙う若手作家のごとく、ヒストリーの執筆に没頭しているロドリゲスです。
ライブの準備や曲も一応抜かりなくやっています・・・

この「ヒストリー」シリーズ、全20回ぐらい続く可能性あるので、気長にお付き合いください。
止めどころがなさそうなので「もういいよ」とBBS等でお伝えくださってもかまいません。。。


2009年8月
突如、北欧旅行に出たロドリゲス
いわゆる「北欧のハリー」である。
インテリアやファッションなどで注目されている北欧だけに、
面白いアイテムに事欠かない。
そしてストックホルムで、ロドリゲスはちょっとした運命的な出会いを果たす。
現在ライブで毎回使用している2個のメガネである。
1つはシルバーで、もう1つは黒縁に光沢をちりばめたもの。

ロドリゲス帰国後最初のライブでは、
Rayが飲んでいたビールがこぼれてPCに吸い込まれ、
オケの音が出なくなるというハプニングも発生した。
ライブは常に魔物が潜んでいる。
このような不測の事態を経てステップアップするのであろう。

そして2009年10月、極東のハリーは再び盟友Dirty Duck Revolution主催の
イベントに呼ばれる。その名も
「渋谷(ブヤ)の国から・・・」
ロドリゲスは北欧でGETしたメガネを初着用し、概ね好評であった。

その翌月、極東のハリーはDirty Duck Revolutionの紹介で、
四谷アウトブレイクに初出演した。
思えば、結成以来常にDDRの後を追ってきたような感じである。
四谷アウトブレイクの店長は、まるで仙人のような風貌で強面な印象であったが
極東のハリーを温かく迎えてくれた。
それ以来、活動の拠点はこのアウトブレイクに移動した。

(続く)



ロドリゲス

極東のハリー・ヒストリ-6

2013年 08月10日 13:27 (土)

ロドリゲスの兄家族は毎年夏になるとグアムに行く。
今年も行ってきたそうな。
長男は昨年、米国ユタ州にホームステイし、イングリッシュ弁が結構達者になったとか。
もう随分会ってないから実際どうだかわからないがね。
身長も父親を超したそうで、つーことは私よりも大きいってことだな。
1997年の生誕時をよ~く覚えているだけに複雑な心境です。

前置きが長くなりましたが、ヒストリーを再開・・・


ライブ中に、CDをお客さんに配るという試みを始めた極東のハリー。
最初のうちは受け取ってもらっていた。
そのあと聴いてくれたかどうかは定かでないとして。

そんなある日の渋谷ギルティーでのライブ。
スタートからお客さんの反応が鈍いのは感じていた。
途中で出て行ってしまう若い女性客が目立った。
MCの時間になり、ギタリストが喋る合間にステージを降り、
いつものようにCDを配り始めたロドリゲス

しかし、誰も受け取ってくれない・・・

完全に心が折れたロドリゲスは早々とステージに戻った。
その後のライブはなんとかやり通したが、
ティッシュ配り等のアルバイトをやったことがない故か、
差し出した物を受け取ってもらえないのが、
こんなに辛いものだと思ってもいなかった。
これ以降、ライブ中のCD配りは行っていない。
意地で配り続けるほどのメンタルの強さは持ち合わせていなかった。

こういう事があると、その場所で再び演じること自体がトラウマになった。
何をどうやっても受け入れられない気がした。
傷心のロドリゲスは北欧旅行に出かけた。
そこで思いもかけぬものを手に入れることになる。

(続く)


今回は私の個人的な話が多いな・・・

PIC_0001.jpg
(CDジャケットに使用した絵。ロドリゲス作)


ロドリゲス

四谷から

2013年 08月09日 00:34 (金)

帰ってまいりました。
JRがまた止まってましたね。
いい加減、飛び込み禁止レールを少なくとも中央線の全駅に設置してほしいものです。
儲かってるんだろうに。

というわけで肝心のライブですが、
個人的には、かなり出来が良かった気が。
とゆうか、ペース配分がうまくいった気が。
これがもっとお客さんの反応につながると良いのですが、そこはなかなか難しいもんです。
ロドリゲスのMCは長かったかもしれんな。
しかし長すぎると思うぐらい喋れるようになったのも結構凄いことかもしれません。
何を話そうか、四谷に向かう途中でようやく捻り出したぐらいだから。

今日も黒いピカピカのパンツを着用しました。
個人的にはいい感じだと思うけどね。
そういえばGBJがハリーの8月、9月のライブのフライヤーを作って持ってきてくれました。
すごいGoodです。

「極東のハリー手ぬぐい」を作るプランも出ました。
需要あるのか・・・?
まあ酒の上での話なんで。

来週の初台DOORSは、ちょっと曲目・曲順を変えて臨む予定です。
こないだ書いた新曲はまだまだです・・・
歌メロは大体できました。
他のお2人に聴いてもらってOK出たら多分あれでいくと思います。
まあ何というか、ロドリゲスっぽい感じに仕上がるでしょう。


ロドリゲス

極東のハリー・ヒストリ-5

2013年 08月08日 13:07 (木)

ライブ当日だというのに、ヒストリーを書いてしまう私です。
本日は9時から聖地四谷アウトブレイクに出演予定です。ご都合がよろしければ是非・・・


ファーストCDが無事完成し、2009年5月の吉祥寺シルバーエレファントでの
主催ライブを迎えた極東のハリー。
初ライブの時から親しくしているDirty Duck Revolutionをはじめ、
axnが自らの人脈を総動員して対バンやスタッフを集めた。
イベントの仕切りも彼がほぼ独力で行った。
ロドリゲスは、この旧知のギタリストの意外な一面を見た気がした。
率先して何かを仕切るタイプとは凡そ遠いと思っていたからだ。

主催ライブは温かい雰囲気の中で盛況のうちに終わった。
トリに登場した極東のハリーは、CD収録曲全6曲を演奏した。
(その模様はトップページ「ライブ動画・視聴」→09/05/02(土)吉祥寺シルバーエレファント
でご覧いただけます)

演奏曲もとりあえず出そろった。
ロドリゲスがサングラスに白いスパッツをはいて登場し
Rayがステージ上からPCで曲を流し、
唯一最初から最後まで座っているaxnがMCを一手に引き受けるというスタイルは定着した。

その後のライブ活動は渋谷ギルティーを中心とした。
そして極東のハリーは、axnのMC中にロドリゲスがステージからフロアに下りて
お客さんにCDをプレゼントするという試みを始めた。
しかし、そこで厳しい現実を突きつけられる。

(続く)

2000V - コピー

(2008年高円寺2万ボルト楽屋でのショット)


ロドリゲス

極東のハリー・ヒストリ-4

2013年 08月07日 16:16 (水)

お気づきでしょうか。
「過去のライブ」のところから、過去の日記が見れるようになりました。
年ごとに分けていて、1年分がまとめて見れるようになっています。
もしお時間がおありでしたら、読んでみられては・・・?

というわけで、続きです。
あ、明日は四谷アウトブレイクです。よろしくお願いします・・・


年が明けて2009年の2月初め。
ロドリゲスとaxnは真昼の吉祥寺で待ち合わせた。
その目的は、シルバー・エレファントで行う極東のハリー初の主催イベントの打ち合わせである。
シルバー・エレファントで日程や費用を詰めた。
ライブは同年の5月と決まった。

これと前後して、極東のハリーはもう1つ大きなプランを進めていた。
それは「CD制作」である。
5月に行う主催ライブに合わせてCDを完成させようと決めた。
CDに収録する曲は

Fly Baby Fly
レイザー・ビーム
曼荼羅チャイナ
ビューティフル
請求書が止まらない
クラブサーフロック

の6曲である。
オケは、すでにライブで流しているものがあるので、
ロドリゲスが各曲に歌とコーラスを入れ、Rayにファイルを送るところから始まる。
歌のレコーディングは順調に進んだ。
axnもRayとともにカラオケボックスに入って一気にギター録りを済ませた。

ボーカルとギターのファイルを受け取ったRayが各曲をミックスし、
他の2人に聴かせ、意見を吸収して修正作業を行う。
このようにして、ミックスが完成したのは5月の主催イベントのほぼ前日か当日であった。

(続く)



ロドリゲス

極東のハリー・ヒストリ-3

2013年 08月06日 18:02 (火)

バンドの歴史を振り返って書いていると、当時当たり前と思っていた事の多くが今では実現できない過去のものになっていると気づきます。何が言いたいかというと、何事も永遠には続かないということです。
だから、現在享受している状況を楽しまなければいけないんだと実感します。

真面目なことを書いたところで、ヒストリーの続きを。


極東のハリーを始める以前、ロドリゲスは兄嫁の弟(Y氏としておこうか)とバンドを組んでいた時期がある。
そのY氏が、偶然にロドリゲスの作りかけの曲ネタを聴いて気に入ったものがあった。
「トゥルルルルトゥルッル」という謎のリフレインが続く曲である。
この曲はやがてこのバンドの持ち曲になった。
極東のハリー結成とほぼ同時期にロドリゲスはそのバンドから脱退したのだが、
この謎のリフレインの曲を妙に気に入っていたロドリゲスは、極東のハリーのメンバーに聴かせ、
うちでやろうという運びになった。

前置きが長くなってしまったが、これが次に極東のハリーのレパートリーに加わった
「ビューティフル」である。

さらには、曼荼羅チャイナの前に演歌の前説を入れたり、Rayが外国人バーでぼったくられかけた経験をもとにした寸劇調の曲「Clip Joint」などを新たにセットリストに加え、2008年11月の高円寺2万ボルトに臨んだ。
ビューティフルはその後もレパートリーとして残るが、Clip Jointが披露されたのはこのライブ1回だけであった。

こうして、結成から4回のライブを経た極東のハリーは、やや時期尚早とも言える行動に出た。
「主催ライブ」である。

(続く)



ロドリゲス

極東のハリー・ヒストリ-2

2013年 08月05日 18:32 (月)

今週は木曜日に四谷アウトブレイクが控えています。
先週やったばかりなので今イチ実感がありませんが、楽しんでいただけるよう精一杯やります。
そういえば先週着た衣装をクリーニングに出したままです。
早く取りに行かないと。

さて、しれっとスタートした「ヒストリー」の続きです・・・


axnが出してきた長めの曲はタイトルは決まっていなかったが順調に歌詞入れが進み、リハーサルに至った。
そのリハーサルが終わり、スタジオを出ようという時、Rayが何気なく口ずさんだ。

「請求書が~止まらない~」

件の新曲の1フレーズである。
ロドリゲスは歌詞を書いた本人でありながら驚きを隠せなかった。
「そこに食いつくか」という感じであった。

かくして曲のタイトルも「請求書が止まらない」という、
ソングライターも全く予期せぬコミックソングのようなものになった。

この曲は極東のハリー2回目のライブ、2008年9月の渋谷ギルティーで初披露した。
ギルティーにはその翌月にも出演したが、終演後に
「見知らぬジェントルマンにビールをおごってもらった」とaxnが興奮気味に話した。
おそらく、極東のハリーのファン第1号であろうか・・・

axnを通じて親しくなったDirty Duck Revolutionの誘いで、
今度は2008年11月の高円寺2万ボルトでのイベントに出演することになった。
まだまだレパートリーが欲しい極東のハリーの、様々な試みが続いた。

(続く)



ロドリゲス

極東のハリー・ヒストリ-1

2013年 08月04日 12:01 (日)

トップページにライブ情報を更新したのですが、すぐに親類T氏が体裁を整えてくれます。
ありがたいものです。
T氏には世話になりっ放しなもので。
「ギブ・アンド・テイク」という言葉がありますが、「テイク」しかしていないのもどうかと・・・

さて、唐突ですが「結成秘話」の続きを勝手に始めたいと思います。
ライターは途中で変わる可能性があります。
どうかな・・・?

題して「極東のハリー・ヒストリ-」


2008年7月
池袋は手刀(チョップ)で初ライブを行った極東のハリー。
オケを流していたPCのトラブルで、Rayは途中からPC操作に専念せざるを得なくなり、
バンド全体的には課題の残る内容であった。

「最初から完璧なものができるわけがないさ」
ロドリゲスの長年の友人であるStoneが言った。
観る者の度肝を抜こうと、つい力が入ってしまうが、
何よりも場数を経験しないことには話にならない。

続いて9月に、渋谷ギルティーでのライブが決まった。
ギルティーのブッキングマネージャーがaxnの知り合いだった縁である。
何しろ、曲をもっと増やさなければならない。
そんな状況でaxnが持ってきた曲は、かなり尺が長く、悲しげなギターの調べであった。
「ちょっと長過ぎないか?」
とロドリゲスは疑問を投じたが
「とりあえずこの尺でやってみてくれ」
と言われ、詞と歌を入れてみた。


(続く)



ロドリゲス

ろど散歩~二子玉川

2013年 08月03日 19:51 (土)

久しぶりのろど散歩

今ぐらいの季節になると、二子玉の川沿いはBBQピープルで大賑わいだろうと思ってみたら、
バーベキューは禁止になったようで・・・
でも散策するにはあれぐらいが丁度よろしい。

それにしても、橋を渡れば神奈川県という東京の端に、なんであんなオシャレ~な街ができたのか。
謎であるね。

ニコタマからBUS & 徒歩で田園調布まで移動し、さらにTRAINで溜池へ。
なんで溜池かって?
ロドリゲスお気に入りの、赤坂ツインタワー地下のTULLYSに行くためですよ。
その後は溜池から四谷へ徒歩というお決まりのコース。
アウトブレイクには寄らなかったがね。
木曜に行くから。また。

きょうは散歩を満喫しました。
暑さも、さほど厳しくなかった気がする。曇っていたけど雨降らなかったしね。

実は今、GBJからもらった曲に歌メロと詞を考えているところ。
たぶん、これまでのハリーっぽくない曲になるでしょう。
9月末のライブぐらいにできたらいいな。
まあ、気長に待っていてください・・・


ロドリゲス

隣はコインランドリー

2013年 08月02日 14:21 (金)

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昨夜もやってきました。高円寺ミッションズ・・・
自分で言うのもなんですが、かっこいい写真ですね~ ありがたいものです。

今週の3回のライブ、いずれも全く同じセットリストになりました。
①おっぱい満開全開
②アメリカ
③曼荼羅チャイナ
④ビューティフル
⑤レイザービーム

曲が変わらないので、せめて毎回衣装を変えようかと思った次第です。
昨日あたりはさすがにネタ切れ気味でしたが、その割にはうまくまとまったと思ふ。
昨夜つけたメガネは、GBJからプレゼントしてもらったものです。
高円寺の高架下でGETしたものを高円寺の高架下で着用するという。

「おっぱい満開全開」が好評なのは嬉しいですね。
気を良くしてお尻の歌とか美脚の歌とかも作りたくなるね。


「極東のハリー結成秘話」が昨日分で終了しましたが、もっと続けろというお声をありがたくも頂いており、
何らかの形で続けようか考えています。
結構いろんな人が出てくるんだけど、メンバー以外はイニシャル扱いにしたほうがいいかな・・・


ロドリゲス